議題は「クリスマスをどう過ごすか」です。
本日は12月24日、クリスマスイブです。私はローストチキンをつくりました。スーパーで赤と緑のクリスマスシールが貼られた鶏一羽丸ごとを購入、前日から塩水に浸け、オリーブオイルを塗り、塩胡椒をして、150℃度で長時間焼き上げる。そういうことをしていました。
なぜ、ローストチキンをつくったのかと問われたら、クリスマスだからと応えたでしょう。
日本においてクリスマスという記念日は、深く浸透しているように思えます。デパートでは宝石を受け渡す専用のブースが 特設されていますし、コージコーナーではケーキがたくさん売れています。商店街でもデパートでもマンションの外壁にもLEDイルミネーションは点灯してい ますし、近所のコンビニにもツリーが飾られています。
それに対して、日本人がクリスマスに浮かれていると、冷ややかに、批判する人はいます。キリスト教でもないのに、企業のしかけたイベントだよ、とかです。しかし、そんな批判はお構いなしに、日本全域にわたってクリスマスは浸透し、楽しまれているように思えます。
これほど普及しているのは、大晦日・正月、終戦記念日くらいしか私は他に知りません。
私はクリスマスをどう過ごすのか、について20代前半まで、ある理想を持っていました。それは、まず12月中旬くらいに私は船に乗ります。そしてどこかで難破する。漂流の後、なんとか運良く通りがかった船に助けてもらう。その船で東京の港まで送ってもらう。どんどん港に近づくにつれ、東京が煌々としているな、と何気なく見るのです。きっと東京湾からは銀座の灯りがよく見えるはずです。現在はお台場も明るいでしょう。あれ…やけに明るいな、と思っている最中、あ、今日はクリスマスだった!と私は気づくのです。そういう過ごし方がいいな、と理想を持っていました。気づいた瞬間、クリスマスに包まれるのです。
きっとクリスマスという大きなイベントの流れに対して、当時の私は素直に乗りたくなかったのでしょう。
今年はローストチキンをつくりましたので、その点、素直になりました。
クリスマスは表層的だと批判しても、もう現実として、クリスマスは至る所にあります。
クリスマスをどう過ごすのか、を考えることは、浮ついた問題ではありません。