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2011年4月6日水曜日

問題20 想像の方法


渡ったことのない橋 まだ降りたことのないあの駅
聴いたことのないビート そして会ったことない人々
        (「5 cups」スチャダラパー/con10po)

知らない場所・時間・人。これらのものをぼくたちはどうやって想像しているのでしょうか。知らないものと自分との関係を想像する方法にぼくは興味があります。3.11を経験し、ぼくは、被災地や避難所生活のこと、この先の自分の生活のことを上手く想像できなくなってしまいました。多くの人もそうだと思います。今この状況の中で《想像の方法》を言語化することは、この先の未来にリアリティを持たせ、人々を力づけるために重要だと思っています。

「想像」とは、「もし~だったら」「私が~するとしたら」という、自分を主語にして〈未来〉〈仮定〉の世界を思い浮かべることだとぼくは考えています。例えば、今日のうれしいニュースに、友人に子どもが生まれたことがありました。twitterで知ったとき、ぼくは嬉しいと感じると同時に自分の子どもが生まれるときのことを想像していました。「もし、自分の子どもが生まれるとしたらどんな気分だろうか」「私が出産に立ち会うとしたらどんな状況だろうか」と、〈仮定〉の世界を思い浮かべました。もちろんぼくに子どもはいませんし、その予定もありません。しかし、友人のtweetを〈手がかり〉にして、自分に置き換えて想像します。そしてそのとき、友人の幸福感や子どもが生まれて不思議だと思う気持ちに共感するとともに自分も子どもがほしいと思うのでした。

しかし、ぼくは子どもを持つということの何を、何故、知っているのでしょうか。知らないのに想像できる。これには「想像」の素材となる3種類の〈経験〉があるだろうと考えています。1つは、ドラマや映画で登場人物に子どもが生まれる場面を見るような〈メディアの経験〉です。もう1つは両親や子どもを持つ友人から子どもが生まれたときの話を聞くような〈伝聞の経験〉です。もう1つは、自分自身の幼少期のことを思い浮かべることです。これは〈体験の経験〉と呼べるかも知れません。(そしてぼくは、これらはすべて現実であると信じています。)別の言い方をすれば、この友人の子どもが無事に生まれて嬉しいことへの共感は、tweetをトリガーに、見たこと、聞いたこと、知っていることの〈経験〉をコラージュしてつくり出した自分についての〈仮定〉のイメージであると言えるでしょう。「想像すること」と「思い出すこと」は似ているけれどちがいます。思い出すことは、〈経験〉を確かめることです。想像することは新しいイメージをつくることです。〈経験〉を〈手がかり〉に、コラージュによって新しいイメージをつくる。これが想像の方法であると考えています。(そしてその後には、〈想像〉を現実にする方法という〈未来〉に関する問題が待っています。)

では、問いです。ここでは、〈経験〉が〈想像〉の素材となると書きましたが、〈経験〉がなければ〈想像〉は不可能なのでしょうか。「未曾有」という言葉を聞き慣れてしまいましたが、映画の中で見たような信じられない世界が現実になったとき、私たちはその信じられないことをいかに現実として想像することができるのでしょうか。

みなさんの《想像の方法》を教えてください。

2011年2月14日月曜日

2011年2月4日金曜日

問題11 何か困っていませんか

 先ほど帰国の機上で映画「ソーシャル・ネットワーク」を見ました。感じるところの多い映画で、今日見られてよかったです。

 フェースブックの発端は私的な問題の解決にありました。私的な興味の発展が今のエジプトにまでつながる数億人規模のネットワークをつくりだし、公的な領域での影響力を拡大しています。

 私的で具体的な問題に解決策を与えること。しかもそれを自分だけが享受できるようにするのではなく、「ついでに」他の人にも役立つ形にして公開・共有すること。それが一つのポイントです。(また、アイディアと技術が同一人物の中に共存することという、同様に大事な第二のポイントを感じましたが、それはまたいつか扱います。)私的な問題の解決をシェアする(=公共化する)インフラが準備されたことで、私的/公的という境界線はますます見直しを求められていると思います。

 そこで、今回はやや趣向を変えて、解決したい私的問題をシェアしてみたい。ベタベタした「わたし」の問題を開陳するのではなく、いつもの議論のように理論的なものともやや異なる、ひとに相談し共有したら何かいいアイディアが出てくるかもしれない現実的問題を提起してみましょう。そしてそれぞれ何か意見・アドバイス・提案できるようなことがあれば、それをコメントしあいたいと思います。

 まずはわたしからいくつか。

1)妊婦に対する失業保険制度にとても困っています。妊娠が理由で退職した場合、失業保険が給付されるのは出産が済んで6ヶ月後からだそうです。つまり、妊娠6ヶ月で退職したとすると、退職から1年ほどは失業保険の給付を受けられません。失業保険が「求職中かつ就業能力のある失業者に対する保険給付」であるというのがその理由のようですが、わたしに言わせれば「職を離れて経済的困難にある者を支援すること」が本来の趣旨であるべきです。にもかかわらず、妊娠・出差期間という普段よりも(あるいは「普通の失業者」よりも)さらに多くの経済的負担を強いられる場合に、よりによってまったく支援を受けられない。これは大変おかしなことと思い、とても困っています。ただし、制度を変えたとしても困難は残ります。というのも、失業保険受給者は毎月管轄の部署に手続きに行かなければいけないのですが、例えば里帰り出産の場合、出産の前後2〜3ヶ月を郷里で過ごすため、手続きに出向くこともできないわけです。これには大変困っています。

2)引越しが困難です。「ソーシャル・ネットワーク」を見ていても感じたけれど、何かアイディアやプロジェクトを思いついたときに友人や相談相手が近くにいるというのはとても大切で、今からでもそういう環境をもちたいと思います。しかし「東京」と呼ばれる地域は広すぎるし、敷金礼金といったシステムも含め引越しにはかなりのお金がかかる。それでも「環境」をいかに整えるかはやはり重視したい。もしかしたらこの「東京」で物理的な近さを求めるのは最初から諦めて、インターネット等を使った別の「近さ」の構築により注力すべきなのかな、とも思います。とはいえ、4月に子供が生まれたら子育ても手伝ってほしいので(実際親族が近くにいないのだからその方向しかないと思う)、物理的な近さも必要なのですが…。現実的な問題です。

3)文房具をつくることってできるのでしょうか?

 「私的問題」の紹介と、他の人の問題への意見は分けて書きこんでくれたらいいと思います。

 今回はいつもより気軽にやりましょう! 単純な問題、思いつき、半分冗談、なんでもいいと思います。