2010年3月30日火曜日

Project Gutenberg

名作が読み放題。勉強し放題。

Project Gutenberg is the place where you can download over 30,000 free ebooks to read on your PC, iPhone, Kindle, Sony Reader or other portable device.

Top 100ではAlice's Adventures in Wonderland by Lewis Carrollが一位。
四位にはIllustrated History of Furniture なんてのもある。

2010年3月27日土曜日

パセリちゃんツアー

 防衛省では、この夏、静岡県の航空自衛隊浜松基地において、20代の女性を対象とした自衛隊生活体験ツアーを実施します。
 自衛隊での生活、隊員との交流などを通じて、ありのままの自衛隊を実感してみませんか。みなさんの参加をお待ちしております。

対象 
日本国籍を有する20歳代の女性×約40名
※平成22年8月6日現在で20歳代の女性

期間
平成22年8月6日(金)〜7日(土)  [1泊2日]

場所
航空自衛隊浜松基地(静岡県浜松市)

ツアー概要
○防衛省・自衛隊の概要説明
○訓練体験(基本教練等)
○輸送ヘリ体験搭乗
○浜松広報館見学
○航空機・装備品等見学
○隊員との懇談 など

平成22年4月1日(木)より公募します。
平成22年6月21日(月) [必着]
http://www.mod.go.jp/j/events/paseri/index.html

2010年3月23日火曜日

クリストとジャンヌ=クロード

2010年2月13日(土)-4月6日(火) 
※火曜休館(4月6日をのぞく)

「クリストとジャンヌ=クロード展 LIFE=WORKS=PROJECTS」
http://www.2121designsight.jp/program/index.html

現代作家のクリストとジャンヌ=クロード。
彼らのプロジェクトは常にゆるぎないコンセプトのもと、
長い年月を費やしながら人々を説得し、
実現へと進められていきます。

本展では、彼らの活動の軌跡を表すドローイング作品や
完成したプロジェクトの写真、ドキュメンタリー映画などによって、
壮大なプロジェクトを現実のものとしていくプロセス、
さらにはその根底に宿る美しさへの情熱に目を向けます。

本展を通して、驚きと感動に満ちた二人の
「LIFE=WORKS=PROJECTS」に触れられる機会をつくります。

入場料:
一般¥1,000、大学生¥800、中高生¥500 小学生以下無料
(15名以上は各料金から200円割引、いずれも消費税込み)
会場:
21_21 DESIGN SIGHT(東京ミッドタウン・ガーデン内)
〒107-0052 東京都港区赤坂9-7-6 tel. 03-3475-2121
アクセス:
都営地下鉄大江戸線・東京メトロ日比谷線 六本木駅、
千代田線 乃木坂駅より徒歩5分

2010年3月22日月曜日

演劇事典:ドラマトゥルク

出典:
Bernd Sucher (Hrg.)
Theaterlexikon Band 2 Epochen, Ensembles, Figuren, Spielformen, Begriffe, Theorien.
München, Deutscher Taschenbuchverlag, 1996.

ドラマトゥルク(Dramaturg)

語義的(ギリシア語のdramaturgein=ドラマを書く)には、劇場に従事しており、上演されるべき戯曲の評価と選定にあたる文芸の専門家。また、劇場と観客のあいだを取り持つ機能を担う者。

18世紀後半以降これに該当していたのが、ゴットシェードの改革によって導入された劇場詩人(Theaterdichter)である。劇場詩人たちは、自らの戯曲を提供し、前口上(Prologe)や祝辞(Festreden)を述べるだけでなく、劇場書記(Theatersekretär)として改作や脚色、翻訳にあたることもあった(例えば、1797−98年にウィーンのブルク劇場で雇用されていたアウグスト・フォン・コッツェブー(August von Kotzebue)はそうした兼務をこなした)。

19世紀に入ると、提出された戯曲を審査するために俳優や演出家たちによってつくられていた査読委員会(Lesekomitees)や査読協会(Lesevereine)に、劇作家たちが入ってくるようになった。世紀が進むにつれ、書記たち(Sekretäre)がこの役割を担うようになり、彼らは劇場運営者たちの助言者として、演目構成に関して独立して責任を負うようになった。

ゴットホルト・エフライム・レッシング(Gotthold Ephraim Lessing)は、1767年、「ドラマトゥルク兼顧問(Konsulent)」として、ハンブルク国民劇場(Nationaltheater)に招かれた。彼はここで、劇場創建の理念に則り、ドイツ国民劇の規則を打ち立てようとした。と同時に、上演に対する批評を通じて(1769『ハンブルク演劇論(ドラマトゥルギー)』)、(当時の用語に従うなら)「規則に準じた」、つまり芸術のあらゆる規則に従って書かれた市民劇の適切な上演とはいかなるものか、その指針を示そうとした。劇場を文学の模範的舞台へ高めようとしたこの試みが挫折したのは、当初から経営難につきまとわれた劇場の経済的困難のためだけではない。批評家としてのレッシングの活動は、本来であればそれによって劇芸術が鍛えられるべきものであったのだが、彼の批評によって気分を害した俳優たちの激しい抵抗により、まもなく中断を余儀なくされたのである。そのため彼は、ドラマトゥルギーに関する論考の中では戯曲に関する問題を検討するだけにとどめている。

それ以来、この時期に創設された国民劇場で作家たちが指導的な任務を託されるということは、個々のケースに過ぎなくなった(例えばドレスデン宮廷劇場における1825〜47年のルートヴィヒ・ティークや、1848/49年のカール・グツコー(Karl Gutzkow))。

ようやく19世紀も40年代に入ると、高まる市民解放運動と相俟って、「芸術施設」としての劇場を求める声が(おもにオランデンブルクの芸術監督フリードリヒ・フォン・ガル(Friedrich von Gall)によって)あらためて高まった。再び知識人たち(大学で学んだ文学の専門家や批評家、例えばマグデブルクのフェオドア・ヴェール(Feodor Wehl)やハンブルクのローベルト・プルッツ(Robert Prutz))が舞台の「文学的良心」の審級を担うべきとされた。中には(ウィーンのブルク劇場におけるハインリヒ・ラウベ(Heinrich Laube)やフランツ・フォン・ディンゲルシュテット(Franz von Dingelstedt)、あるいはデュッセルドルフのカール・レーベレヒト・インマーマン(Karl Leberecht Immermann)のように)みずから劇場長(Theaterleiter)となる者もあった。19世紀末のドラマトゥルクたちは、—もっとも有名な例は自由劇場とドイツ座で活動したオットー・ブラーム(Otto Brahm)であるが—劇場監督(Direktor)と演出家(Regisseur)を兼務し、それによってレパートリーを現代劇へと解放し、また現代劇にふさわしい演出と演技の方法を支持したのである。

今日のドラマトゥルクは、戯曲を読むことや劇作家たちとの共同作業、そして劇場運営における学芸面での助言と並んで、特に広報活動を担う。プレスリリースや当日パンフレット(プログラム冊子)の編集、自治体の委員会に対する演目案の説明、演劇に関心をもつ公衆向けの講演会、観客とのディスカッションなどをドラマトゥルクが引き受ける。それ以外にも、劇場管理において様々な、しかしながら部分的には曖昧にしか輪郭を描きえないような機能を果たす。60年代、劇場運営に進出しつつあった若い演出家たちの地位が高まり、また共同作業という考え方の重要性が増すのと平行して、ドラマトゥルクはより広汎な新しい使命と権利を獲得してきたのである。

ドラマトゥルクは、ブレヒトのベルリナー・アンサンブルのドラマトゥルクたち(例えばペーター・パリッチュ(Peter Palitzsch)やヨアヒム・テンシャート(Joachim Tenschert))を模範として、大劇場の演目の中で長期間にわたり、特定のテーマと結びついた特集を組み立てるようになった。また、個々の企画の準備に直接関与できるようになった。ドラマトゥルクは、解釈やコンセプトの提案、ゼミナールの開催、俳優や演出家との議論、そして定期的に稽古を訪れたりなどするようになったのである。長期にわたる演出家との協力関係の中で、そうした「制作ドラマトゥルクたち(Produktionsdramaturgen)」は、—例えばペーター・シュタインと仕事をしたハレ河岸シャウビューネのボート・シュトラウスやディーター・シュトゥルム(Dieter Sturm)、ケルンとハンブルクでユルゲン・フィルムやユルゲン・ゴッシュと働いたヴォルフガング・ヴィーンス(Wolfgang Wiens)、そしてシュトゥットガルトやボーフム劇場、ウィーンのブルク劇場でクラウス・パイマンと共同作業をしていたヘルマン・バイル(Hermann Beil)のように—演出過程に重要な貢献を果たした。

1953年には、演劇、映画、ラジオ、テレビの分野で活動しているドラマトゥルクたちが連合し、ベルリンを本部とするドラマトゥルク協会が設立された。そのフォーラムがドラマトゥルク大会(Dramaturgentag)である。これは、毎年異なる都市で開かれ、年次のテーマに関する公演やディスカッションを伴う、会員の大会である。

この職業の成立が国民劇場の思想と密接に関連しているドイツ語圏と異なり、ヨーロッパの他の国々の劇場は、少数の例外(ロンドンのナショナル・シアター・カンパニーにおける「litarary editor」としてのケネス・タイナン(Kenneth Tynan)や、1974年から1983年まで、ベルリンのシャウビューネを模範にジャン・ピエール・ヴァンサン(Jean-Pierre Vincent)のストラスブール国立劇場(Nationalthater Straßburg)で設けられていたドラマトゥルギー部門)を除き、これに対応するようなポジションをもたない。

参考文献:W. ハウスマン、『ドラマトゥルクという職業 1800年以降のドラマトゥルクの職務とドラマトゥルクの人格』、博士論文、ケルン、1954年.
W. Hausmann, Der Dramaturgenberuf. Dramaturgenamt und Dramaturgenpersönlichkeit seit 1800. Diss. Köln 1954.
ドラマトゥルク協会報(1953年より)
Schriften der Dramaturgischen Gesellschaft (seit 1953).

2010年3月16日火曜日

100325 現代のコミュニティ

.review × TSUTATA TOKYO ROPPONGI連続トークイベント
「コミュニティの過去・未来・現在」第0回 

3/25(木)20時〜 料金: Free
「現代のコミュニティとはなにか」
西田亮介 × 宮台真司

2010 年代の重要なキーワードに「コミュニティ」がある。
それは、イノベーションや創造の源泉でもあり、
従来承認や帰属意識、信頼関係を調達する場でもあった。
そのような機能を有するさまざまな中小規模の集団についての
観察と分析は、人文・社会科学を中心に古くから行われてきた。
だが、インターネット技術と
それに下支えされたコミュニケーションの普及と変容は、
それらの集合体であるコミュニティにも
少なからず影響を与えている。
このような社会的環境の変化を前提とする現代のコミュニティは、
従来型のコミュニティとどこが異なり、
なにが共通しているのだろうか。
また、現代のコミュニティを分析するためのフレームワークは、
従来のものと同じでよいのだろうか。
このような問題圏を、サブカルチャーや若者論にも詳しい
社会学者宮台真司氏をお招きして徹底的に論じていく。
そして、この対話を、4月からの
.review × TOKYO TSUTAYA ROPPONGI 連続トークイベント
「コミュニティの過去・未来・現在」のイントロダクションとする。

西田亮介
1983年京都生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科助教。
同博士課程在籍中。専門は地方自治体、企業、
非営利組織等の連携による地域活性化の分析と実践。
『現代用語の基礎知識2010』『中央公論』
『思想地図vol.2』などに論文を寄稿。
専門の地域活性化や非営利組織論からメディア論、
教育論も扱う論客として各メディアで活躍する一方で、
新しい書き手の発掘とメディアのハブをつくるproject
「.review」でも注目を集めている。
Tip.Blog: http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/
project「.review」: http://dotreview.jp/

宮台真司
社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。
1959年3月3日仙台市生まれ。京都市で育つ。
東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。
権力論、国家論、宗教論、性愛論、犯罪論、
教育論、外交論、文化論などの分野で単著20冊、
共著を含めると100冊の著書がある。
最近の著作には『14歳からの社会学』
『〈世界〉はそもそもデタラメである』などがある。
キーワードは、全体性、ソーシャルデザイン、
アーキテクチャ、根源的未規定性、など。
MIYADAI .com Blog : http://www.miyadai.com/

.review × TSUTAYA TOKYO ROPPONGI 連続トークイベント
「コミュニティの過去・現在・未来」
いま、「コミュニティ」は、さまざまな文脈で
外すことのできないキーワードになっている。
ビジネスや学問においては、
イノベーションや知的進歩の源として、あるいは、
アートや建築、創造の現場では、その源泉として注目されている。
もっと身近なところでは、コミュニティは承認調達や安心、
信頼構築の基礎単位ともいわれている。とはいうものの、
そもそも現代のコミュニティの諸様相はどうなっているのか、
そして、それらの共通と差異、
もしくは、形成原理や歴史的背景の全体像を見渡すことは
ますます困難になりつつある。
そのような混迷するコミュニティに対して、
多角的な角度からアプローチするために、
原則毎月第 4木曜日の20時から研究者から実務者、
クリエイターまで多様な方々をお招きして議論する。

project .review: http://dotreview.jp/
TSUTAYA TOKYO ROPPONGI: http://ameblo.jp/tsutaya-2000/

2010年3月5日金曜日

100312 日本とジブチ

【3/12】UNHCR/AMDA-MINDS ジブチ報告会

UNHCR/AMDA-MINDS報告会
「日本とジブチの国際協力 - ソマリア難民支援の現場から」

ソマリアにおける内戦は、
この20年間の和平や国家再建への幾多の取り組みにもかかわらず、
ますますその混迷の度を深めています。
2005年には暫定連邦政府(TFG)が樹立され、
アフリカ連合による平和維持軍が
国連の支援を受けて展開されている一方、
依然不安定な治安情勢は周辺諸国にも深刻な影響を及ぼしています。
2009年5月以降より再び激化した内戦状況により、
国内避難民の総数は150万人に達し、
さらに50万人を越える難民がケニア、エチオピア、
ジブチやイエメンなどの周辺諸国に逃れています。

現在、ジブチには約12,000人以上の
ソマリア難民が避難生活を送っており、
またエチオピアやエリトリアからの難民も受入れています。
アフリカとアラブの十字路に位置しているため、
ジブチは移民や避難民の一時滞在や通過地域となっており、
地政学的に重要な地域と位置づけられます。

UNHCRとAMDAは1993年以来、パートナーシップを組み、
首都ジブチ市から車で南西へ約2時間のところに位置する
アリアデ(Ali Adde)キャンプにおいて、
ソマリア、エチオピア、エリトリアを主な母国とする難民への
保健医療サービスの提供を行っています。
本支援のうちキャンプの診療所から
首都の上位医療機関への搬送(リファラル)の強化については、
外務省「日本NGO連携無償資金協力」が活用されています。
従って、本難民支援活動は、ジブチ共和国、日本国、
UNHCR、AMDAの連携による国際協力であると考えます。

AMDA社会開発機構ジブチ事業統括(村上久子)の一時帰国に伴い、
ソマリア難民の状況、ジブチにおけるソマリア難民支援事業、
およびUNHCRとAMDAのパートナーシップに関して
報告会を開催することになりました。
皆さまのご参加をお待ちしております。

● 日時:3月12日(金)18:30-20:30
● 場所:東京ウィメンズプラザ 視聴覚室 (定員100名)
● 主催:国連難民高等弁務官(UNHCR)駐日事務所、
    AMDA社会開発機構
● 協力:駐日ジブチ共和国大使館
● プログラム 
  18:00 開場・受付 
  18:30 開会
  18:35「ソマリア難民の現状」
      UNHCR駐日事務所 副代表(渉外担当) 久保眞治
  18:55 質疑応答
  19:05 「ソマリア難民支援?
       ジブチ・アリアデキャンプの現場から?」 
      AMDA社会開発機構 ジブチ事業統括 村上久子
  19:50 質疑応答
  20:00 コメント・ディスカッション

【お問い合わせ・お申込み先】---------------------------------
特定非営利活動法人AMDA社会開発機構(担当:鈴木 梓)
TEL: 086-232-8815
FAX: 086-232-7668
E-mail: info@ml.amda-minds.org

※当日の直接参加も可能ですが、
できる限り事前の申込みをお願いいたします。